科学研究費による研究「健康な摂食量を実現するための、”食べ止む”要因の実験的な解明とその応用」
課題番号21530778 研究期間 2009年4月1日~2012年3月31日

食べ止むのはなぜ

研究の成果

成果の一部は、2011 年5月にDenver, USAで開催されたSociety for the Quantitative Analysis of Behavior 34th Annual Conferenceにおいて、Effects of conditioned satiety on within-session changes in glucose solution drinkingとして発表されました。
また、2011年9月に慶應義塾大学で実施された日本動物心理学会第71回大会においても、「ラットのグルコース摂取行動のセッション内減少に条件性飽和が及ぼす影響」として発表されました。

成果の概要

①ラットを対象としたセッション内減少に対する条件性飽和の効果について

 ラットがグルコース溶液を摂取する際のリッキング行動(溶液を舌でなめる行動)のセッション内減少に条件性飽和が及ぼす影響を検討した。実験経験のないWistar 系雄アルビノラットを被験体として用いた。条件づけの段階では、ラットは20%のグルコース溶液と40%のグルコース溶液を毎日30分間、8日間(各溶液 を4日ずつ)摂取した。40%溶液の方が20%溶液よりも栄養価は高い。毎日、30分間の実験セッション中で摂取した溶液の重量(g)とリッキングの回数 を計測した。それぞれの溶液には区別できる風味を加えておいた。風味はレモン風味とストロベリー風味であり、風味と濃度の組み合わせは被験体によりカウン ターバランスした。溶液の提示順序はABBAデザインで交替させた。
 その後のテストの段階では、ラットはそれぞれの風味がつけられた30%のグルコース溶液を30分間与えられた。それぞれの風味で4日ずつ、計8日間のテストを行った。テストにおいても溶液の提示順序はABBAデザインで交替させた。
 その結果、条件づけの前半4日間は、40% のグルコース溶液と20%のグルコース溶液は同じ量が摂取されたが、条件づけの後半4日間では、40%溶液よりも20%溶液の方が多く摂取された。つまり 前半4日間は、実際に溶液の濃度(栄養価)が異なっていたにもかかわらず、飲む量には差がなかったが、特定の風味の溶液には栄養が濃く、別の風味の溶液に は栄養が薄いことを4日間経験した後には、薄い栄養の溶液をより多く飲むようになった。
 さらに、テストの前半4日間において、以前に40% 溶液と連合した風味が加えられた30%溶液を、以前に20%溶液と連合した風味が加えられた30%の溶液よりも、少なく摂取した。つまり、条件性飽和が生 じた。つまり、テスト前半4日間では、実際に現在の溶液の濃度には差がないにもかかわらず、過去に濃い濃度であった風味の溶液をより少なく飲んだ。しか し、テストの後半4日間においては、溶液の摂取量に差はなくなり、条件性飽和の消去が見られた。
 テスト前半4日間のリッキングに関して、30 分間の実験セッションにおけるセッション内減少パターンを分析した。その結果、以前に40%溶液と連合した風味に対するリッキングと以前に20%溶液と連 合した風味に対するリッキングとで、セッション内減少パターンは類似していた。つまり、条件性飽和により、セッション全体を通してリッキングの回数は少なくなったが、条件性飽和はセッション内減少パターンには影響しなかった。

②人間を対象とした栄養価の異なるゼリー飲料の実験前摂食の効果について

 大学生を対象にしてポテトチップを10 分間好きなだけ食べてもらった。ポテトチップを食べる直前に、市販のゼリー飲料を1パック飲んでもらった。その際、半数の実験参加者内は栄養価が高い飲料 を、残り半数の実験者には栄養価の低い飲料を飲んでもらった。ただし、ゼリー飲料のパッケージには覆いを掛けて、実験参加者はどちらの飲料を飲んだのかは わからない条件にした。  その結果、どちらの飲料を飲んだ後でも、ポテトチップの摂取量には差が見られなかった。つまり、直前に摂取したゼリー飲料に栄養価が高くても、その後のポ テトチップの摂取量がより抑制されるということは生じなかった。また、ポテトチップを食べる行動のセッション内減少を分析したところ、群間に差がなかった。つまり、直前に摂取したゼリー飲料の栄養価は、単に摂食量に影響しないだけでなく、摂食行動のパターンにも影響しないことが示された。

③現在までのまとめ

  これらまでの研究では、人間でも動物でも、過去の経験から独立して現在の食べ物の栄養状態が摂食量や摂食行動のパターンに影響するのではなく、過去にその 風味の食べ物にどの程度の栄養があったかの学習に基づき、栄養価が高かった場合には摂食量を減らし、栄養価が低かった場合には摂食量を増やすというコントロールが行われている可能性を示している。したがって、適切な摂食量のコントロールのためには、食物の風味と栄養価の学習が適切に行われる必要がある。 これらの結果からは、例えば人工甘味料を使用した飲料の摂取が常習的に行われると、通常の食べ物で学習された甘味と栄養価の学習が損なわれ、適切なコントロールが失われるといった可能性が示唆される。

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