「生活上のさまざまなリスクをめぐる心理学的研究」に取り組んできました。
具体的には、一般の人々の「リスク認知」がどのような性質を持つのか、あるいは、リスク管理にかかわる個人や組織への「信頼」は何によって決まるのか、といった問題を扱ってきました。
しかし、現在の主要な仕事は「災害への準備促進」です。そのような方向に研究テーマをシフトさせた理由はもちろん2011年の東日本大震災です。リスク認知や信頼は研究テーマとしてはたいへん興味深いのですが、それらはしょせんひとりひとりの頭の中での活動です。研究のターゲットが頭の中のできごとに留まっている限りは、災害時の被害を軽減することにはつながりません。東日本大震災の被害のありようは、「災害に備えた事前の準備行動」、「災害時の迅速で適切な避難行動」にまで研究の射程を広げるよう迫るものでした。「危険だ」「怖い」と思っていても、行動に移さなければ命は助かりません。これからは、それを促すような研究を進めていきたいと思っています。
リスクコミュニケーションについてご存じの方は、上記のスタンスはリスクコミュニケーション的ではないことに気づかれるでしょう。「リスクコミュニケーションは説得や誘導の手段ではない」というのがこの分野のキャッチフレーズのひとつだからです。私は災害への準備行動に誘導することを狙っていますので、明らかにリスクコミュニケーションの理念から外れています。でも、それでよいと思っています。リスクコミュニケーションもひとつのイデオロギーのあらわれにすぎないのですが、そのことに気づかず(あるいは分かっていながら)教条主義的にリスクコミュニケーションを振りかざすことには賛成しません。
災害への準備行動を研究するからといって、これまで行ってきたリスク認知や信頼研究から足を洗うというわけではありません。たとえば、リスク認知が高いにもかかわらず災害への準備行動がとられないというパラドクスは、リスク認知研究の領域では広く知られています。そこからスタートし、「なぜそうなのか」「どうすれば準備を促すことになるのか」を明らかにする上で、リスク認知研究のさまざまな知見はヒントを提供してくれます。
また、個人が災害へ備えるかどうかは、災害リスクを評価したり管理したりする機関が信頼できるかどうかによって大きくかわってくることも知られています。今後、リスク管理機関が人々からの信頼を獲得し、被害削減のための適切な行為を促進するには何が必要かを考える際も、これまで行ってきた、何が信頼を決めるかについての研究成果は役に立つでしょう。
これからは、リスク認知そのものや信頼そのものを研究のターゲットとするというより、実際の災害準備とのかかわりの中で、それらの役割を明らかにしたいと思います。
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