環境技術, 2009, Vol.38, No.8, 10-16.

【 特 集 】
あらためて「リスク問題」を考える

リスク分析の社会的受容

中 谷 内 一 也

はじめに :
 リスクという概念を使って安全への影響を評価し,管理していくという方針は,放射線や化学物質,食品などの分野で主要なものとなっている.今後もリスク概念を用いて安全管理を進めようとする領域は拡大するだろう.
 一方,日常生活においてもリスクという言葉を目にしたり,耳にしたりする機会は多くなっている.金融問題や健康問題,環境問題を取り上げる記事にはこの言葉は頻繁に登場するし,会話の中 でも「それはリスキーだ」,「リスクを避けてばかりいては……」という表現は珍しいものではなくなっている.このように“リスク”はわれわれの生活に浸透しつつあるようにみえる.しかし,そ の意味するところは多様であり,しばしば曖昧でもある.
 はたして,今後,リスク概念に基づいて安全性評価と管理,さらには,コミュニケーションを進めようとする考え方,すなわちリスク分析は,円滑に社会に浸透し,さまざまな分野・業界において標準的なものとなっていくのであろうか.そうなるには,リスク分析に対する社会的な支持が必要だが,一般の人々がリスクを受けとめる際の心理学的基盤を考慮した場合,リスク分析という考え方は,安全な社会を構築していくための方針として,受け入れられやすい性質を持っているのだろうか.
 本橋は,以上のような問題意識のもと,まず,リスク分析の枠組みについて簡単に解説する.その上で,一般の人々がリスクを認識するときの特徴を明らかにしてきたリスク認知研究の知見を紹 介し,リスク分析の枠組みと,リスク認知の心理学的基盤の関係について検討する.
 リスク研究やその実務領域では,しばしば「リスクの社会的受容」が問題となるが,本橋は,「リスク分析の社会的受容」について考察するものである.

キーワード  : リスク認知,判断ヒューリスティクス,二重過程理論,信頼