土木学会誌, June 2002, 第87巻, 第6号, 33-36.

住民参加の心理学

中 谷 内 一 也  ( 帝塚山大学教授 人文科学部人間文化学科 )


リスク心理学からの提言
 以上の議論から,住民参加によって合意形成を目指す場合に忘れてはならない原則が浮かび上がる.一つ目 は,行政や業者は住民からの監視という側面に応えなければならないということである.住民参加は住民と行 政・業者の間で仲良し関係をつくることでコンセンサスを求めたり,ましてやマネジメントの一任を得たりする ためのものではない.もちろん協同作業を通じて相互の好意が高まることはすばらしいことだし,また,危機感 の共有が関係者間の一体感を体験させてくれるケースもあるだろう.けれども,住民参加の基本的機能が社会的 不確実性の低減であるとすれば,好意を確信しようが一体感を得ようが,それで「委任状」を得たと勘違いしては いけない.不信感を前提としてお互いが手の内をさらし続けることが必要なのである.手の内をさらすことには さまざまな面でコストを要するが,信頼が得られない状態では継続的に支払う必要のあるコストと考えるべきである.
 二つ目は手の内をさらすこと,つまり住民への情報開示が関係者間の認識を一致させ,それによって合意形成 が得られると期待してはいけない,ということである.先にリスク認知について説明したように,同じ情報を利 用していても立場によってその認識や解釈は異なってくる.一般国民の科学技術リテラシーを高めることで専門 的アセスメントとマネジメントヘの理解が深まり,合意形成がスムーズにいくようになるという発想も基本的に は的外れだと思う.関係者が相互の立場を明示し,その立場での判断を訴え相互理解を深めることは住民参加に おいて重要な作業であるが,それによって意見が同化することはほとんどない.

(本文より抜粋)