消費者行動研究, 1994, 第1巻, 第2号, 63-75.
時間経過による「リスク知覚」と「リスク対応策への評価」の推移 -1992年瀬戸内サメ騒動を材料として-
中 谷 内 一 也 ( 関 西 女 学 院 短 期 大 学 )
U. 本研究の概要
本研究では、「生命、健康に危害を与える可能性」としてのリスクについて、
人々がどのように認識するのかを検討するひとつの材料として、1992年に起
きた「瀬戸内海サメ騒動」をとりあげた。そして、西日本各地の海水浴場に
ついてのリスク知覚(海水浴に行く行かないの判断)、リスク対応策に対する
評価、などを事件後4回にわたって質問紙調査した結果を時系列的に比較、
検討する。調査時期はサメ騒動が起こった年の海水浴シーズンの前・後、翌
年の前・後であり、サメのリスクがマスコミなどで騒がれていたまさにその
年の評価、1年を経過して何も言われなくなった年の評価、海水浴シーズン
に入った時点での評価、何事もなくシーズン終了した時点での評価、などを
比較することができる。また、リスク対応策としては、「サメよけネットの設
置」というリスクそのものを低減させようとする、いわば“正攻法”的なも
のと、「宿泊料金等の値引き」という、リスクはそのままで値引きでもって対
応しようとするいわぱ“補償”的なものの2種を取り上げ、事件発生後、ど
のタイミングでどのような対応策をとることが消費者の評価につながるのか
を検討した。
心理学的なリスク知覚研究の中心的課題は、災害や先端技術に関して客観
的なリスクの大きさを測定し、人々の感じるリスクの程度がそれとどのよう
に隔たるのか、それを規定する要因はなにか、といった問題を解明すること
である(Slovic 1987)。その意味では本研究の場合も、まず、海水浴場でサ
メに襲われるリスクを客観的に測定する必要がある。わが国でサメによる死
亡事故はこの数十年で5件の報告がある(神戸新聞、平成4年5月25日)が、
海水浴場のものは記録がない。したがって、毎年の膨大な海水浴客数を分母
にとると、統計的には海水浴場でサメに襲われ死亡するリスクは限りなくゼ
ロに近いといえる。ただし、1992年時点での客観的なリスクは、@サメの生
態に不明な点が多く、また、A今回の騒動は、当初、環境の変化により瀬戸
内海に大型の迷いザメが入り込んだためと解釈された、という点などから、
正確に測定するのは困難である。そこで本研究では、リスク知覚を、客観的
リスクに対応する形でのサメに襲われる「確率の見積り」というよりも、む
しろ「不安の程度」に近い心理的変数として扱い、それによるリスク回避傾
向が時間の経過にともなってどう変化するのかを検討することとした。なお、
一連の騒動においてサメによる人命の損失は最初の1件だけであり、心配さ
れた海水浴場への出現もなかったので、今回とりあげる時間経過は、災害が
単発で生じ、それ以降は被害がないという条件での時間経過である。
(本文より抜粋)
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