審査付論文
『広告科学』, 1993, 第26集, 1-8.

新聞折込広告の値引き表現
- 額表示と率表示との比較 -

中 谷 内 一 也  ( 関 西 女 学 院 短 期 大 学 )


問 題 :
 消費者の購買行動を規定する諸要因の中でも,商品価格は大きな影響を持っており,従って, 「値引き」は購買動機を高める有力な手段となっている。では,この「値引き」は広告の中でど のように扱われているのであろうか。さまざまな広告媒体の中で,値引きが訴求の中心となって いるのは何といっても新聞への折込広告である。これは,スーパーマーケットの特売に代表され るように,値引きが小売り段階でのセールス・プロモーションとして実施されることがほとんど で,しかも,個々の適用期間がたいへん短いため,ローカル性と即時性の強い新聞折込広告が最 も適しているからである。日本広告業協会(1992)の報告によると,首都圏在住の主婦の7割が 「毎日」新聞折込広告を見ており,5割が「好んで見ている」。また,7割が内容を覚えており, その4分の1が広告の影響により実際の購買行動を起こしている。このように,新聞折込広告は 日常的な買物行動へ強い効果を発揮しているのである。一方,主婦が1枚のチラシ広告に接して いる時間は平均15秒と言われ(柏木,1990),その短い時間内に関心を喚起させるには,長期的 に商品イメージを作り上げてゆくような広告よりも,ある意味では即物的ともいえる値引き訴求 が有効で,これが上述した高頻度の接触や行動への影響力の基礎となっているのであろう。
 さて,新聞折込広告における値引き訴求は,その表現法を大きく2つに分けることができる。 ひとつは,「30円引き」や「1,200円の品を980円で」というタイプの,値引き「額表示」であり, いまひとつは,「2割引」,「30%オフ」というタイプの,値引き「率表示」である。この2つの 表現法は消費者にとってどちらがより魅力的に感じられるのであろうか。この問題に関して,小 嶋(1986)は,2つの表現法の効果が商品価格と相互作用することを主張し,実験結果もあわせ て報告している。すなわち,低額商品では「率表示」が,高額商品では「額表示」が,より「安 くなった」という感じをもたらすというのである。 なぜなら,『(以下,引用)単価の安い商品 (例えば100円の品)の場合,「20円安くなるjと訴えても,一般の消費者にとっては「たった20 円か,20円じゃ何も買えやしない」という気持ちになるが,「2割引」というと「かなり勉強し ている。かなりサービスしている」という気持ちを引き起こすことができる。しかし,これが10 万円の商品だと,「1割引」という抽象的な訴求よりも,「1万円安くします」とか「1万円お得 です」と,値引きの金額を具体的に表現する方が訴求効果が大きい,と考えられる』からであ る。
 また,Tversky&Kahneman(1981)も,意思決定において選好逆転をもたらすフレーミ ングの効果を紹介する中で,消費者が一定の値引き額に対して絶対的評価値といえるものをもた ず,もとの価格設定の高低によって魅力が変化し,その値引きを得るために費やす労力も変化す ることを報告している。  以上のように,同じだけの値引きであっても,表現法によって「安くなっている」という印象 が変化したり,そのような効果がもとの価格の高低によって変化したりするとすれば,現実の折 込広告の値引き表現もそのような消費者心理の特性に対応したものとなっているのだろうか。す なわち,「高額商品については額表示による値引き訴求がより安いと感じられ,低額商品では率 表示のほうがより安く感じられる」という消費者の知覚特性を広告の送り手が読みとり,それぞ れの価格帯に適した値引き表現法が優勢になっているのであろうか。また,もし,なっていない とすれば,値引き表現のタイプはどのような要因によって規定されるのであろうか。本研究の目 的は,以上のような問題を,現実の新聞折込広告をサンプルとし,そこに表現されている値引き 表示法を分析することによって検討することである。

(本文より抜粋)