
同志社大学心理学部TOP > コラム > 鈴木 直人 教授 (vol8)




私が心理学を研究していて最も楽しいと思うときは、誰もやったこともない、前例もないテーマ、あるいはアイディアをゼミ生の皆とあるいは一人であれこれ考えるときである。心理現象というのは複雑なことが多く、それを実験室実験で実証しようとすると多くの問題にぶつかる。どうしたら、その現象を調べることができるのだろうか、どうしたら実験にのせることができるのだろうか。どうしたらいいのかわからなかったものに解決策を見出したとき、自分はこの仕事をしていて幸せだと思う。
かって、「安心と安全」の違いについて調べようとしたゼミ生がいた。卒業論文では、安心感と安全感とは違うものではないかという仮説のもと、調査研究を行なった。その結果、安全感を与えられるかどうかの一つの要因は情報の有無であった。しかし、彼の本当の研究目的は、安心感と安全感の違いを実験的に示そうというものであり、大学院では実験的にその違いを検討しようということになった。大学院ゼミの研究検討会で、何か良い方法はないかを皆で考えた。様々なアイディアが出されたが、“帯に短し襷に長し”でよいアイディアはなかなか浮かんでこない。そうこうしている間に、頭上からのものを落す実験に思いついた。実験参加者を上向きに横臥させておき、天井につるした物体を落とす。その物体は決して実験参加者に当たることはないように二重、三重の安全装置がつけられていることを、実際に見せる群、言葉で伝える群、なにも情報を与えない群で実験を行ったところ、情報を与えることで安全感は高まるが、安心感は生じないという実験結果が得られた。この実験などは、ひとりで考えていてもなかなか思いつかなかったかも知れない。皆で「あーでもない、こーでもない」と試行錯誤をするうちに解決策がひらめいた例である。こうした例はいくらでもある。例えば、これは昨年の修士論文の例であるが、ある院生が驚きの実験を行うことになった。驚きは、予期せぬことが起こった時、予期に反することが起こった時などに生じる。この2つの条件を一つの実験場面でどのように作り出せばいいだろうか。考えてみてほしい。
私が京都府立医科大学の奉職していた時、教授(視覚の生理学の研究者としては世界でも有数の研究者)から、「自分の研究が研究であるためには3つの見るべきものがなくてはならない。一つはアイディア、一つは実験方法、最後の一つは分析方法で、このうちの三つ備えていれば超一流の研究、二つであれば一流の研究、一つだけなら普通の研究、なにもないのであればそれは研究とは言えない。鈴木君の今やっている研究はこの内の幾つ含んでいると思っているか」と聞かれたことがあった。私は「残念ながら、アイディアの一つだけです」と答えたところ、「それでは普通の研究だね。LEDの光をビデオカメラでとらえ、動きを、多変量を使って解析したらどうか」という示唆を与えられた。今でいうモーションキャプチャというその当時(25年以上前)では最先端の方法であり、生理学ではおよそ誰もやっていなかった多変量解析を使って分析するという斬新的な提案であった。
私は、研究というのはオリジナリティが一番大切であると思っている。人の物まねやもうすでに誰かがやったことの重箱の隅をつつくような研究は私はやろうと思わない。もちろん科学を志すものとして追試の重要性を否定するものではないことは敢えて付言しておくが、オリジナリティのない研究は研究といえるのだろうかとさえ思っている。ただオリジナリティのある研究というのは、前例がないだけにそれを行うのは非常に大きな努力を必要とする、また往々にして手がけた当初は問題の本質もわからないようなこともあり、研究の程度としては次元の低いものも多い。しかし不思議なことにそのテーマを5年も続けていると一角の研究になっていくことを何度も経験してきた。
心理学が扱う現象は、まだまだ未解決の問題が山積している。錯視現象一つとってもまだ本当にそのメカニズムが解明されているとは言えないし、面白い錯視が未だに発見されている。知覚現象にしてこの状態であるので、様々な心理的な要素がからんでくる多くの心理現象に関してはまだまだ未解明であるといわざるを得ない。そんなとき、どうしたらその現象が調べられるか、実験に乗せられるか考えてみてほしい。それに思いついた時の充実感、面白さというのは格別だ。学生諸君のようなフレッシュな、柔らかい頭こそヒラメキがある。ただ、そのためには普段から、考える訓練をしておく必要があるが・・・。Do it yourselfの店をぶらついてみてほしい。そこには色々な品物がある。どんなものがあるか覚えておくと、また、これはこういう使い方ができると考えながら見ていると、自分の実験に必要な実験器具がないような時、それを作る材料を見つけることもできるだろう。
